大規模言語モデルLLM入門 その3 蒸留によるモデルの簡易化


教師モデルの出力を活用し,小型で高性能なモデルを構築


大規模言語モデル(LLM)の軽量化手法「蒸留(Distillation)

図1 「蒸留(Distillation)」はマイコンなどの性能の限られたエッジ・デバイスにLLMを実装する技術の1つ.大きく複雑な教師モデルから,小さく効率的な生徒モデルを構築する.[著・提供]井上 祐寛.画像クリックで動画を見る.または記事を読む
詳細:[Webinar/Pi5 KIT/data]大規模言語モデルLLMによる生成AIプログラミング入門

モデル軽量化のための技術

「蒸留(Distillation)」は,大きく複雑な教師モデルから,小さく効率的な生徒モデルを構築する技術です.

この手法により,計算リソースを削減しながらも,元のモデルに近い高い予測精度を維持できます.LLMのような大規模なAIモデルは非常に多くのパラメータをもち,計算コストが高いため,実運用環境で効率よく使用するためには軽量化が求められます.

蒸留の特徴は,単に「正解・不正解」を判断するだけでなく,教師モデルが出力する確率分布をそのまま利用する「ソフト・ラベリング」を用いる点です.この手法により,生徒モデルはより多くの情報を活用し,限られたリソースでの推論速度と精度の向上を実現します.

蒸留プロセスの流れ

蒸留では,以下の手順で生徒モデルの学習が行われます.

  1. 教師モデルの訓練
  2. まず,教師モデルに多量のデータを与え,十分に学習させます.例えば,画像認識タスクの場合,犬の画像を入力した際に「犬:0.7,猫:0.3」といった確率分布を出力します.
  3. ソフト・ラベリングの活用
  4. 生徒モデルは,このような教師モデルの出力確率を学習データとして使用します.これにより,生徒モデルは「正解ラベル=1,不正解ラベル=0」とする単純な「ハード・ラベリング」では得られない細かな知識を吸収できます.
  5. 温度付きソフトマックスの利用
  6. 蒸留のプロセスでは,出力される確率分布を調整するために「温度パラメータ(T)」を用います.温度が高いほど,各クラス間の確率の差が小さくなり,より多くの情報が保持されます.一方,温度が低い場合は,差が拡大され,特徴が強調されます.これにより,特定のデータ間の違いを際立たせた学習が可能になります.

蒸留のメリットと応用例

蒸留によって得られる生徒モデルは,小型でありながら高い精度を保つことが可能です.この軽量化技術は,特に推論速度が重視される以下の分野で有効に活用されています

  1. モバイル・アプリやIoTデバイスにおけるリアルタイム推論
  2. クラウド環境での処理負荷の低減
  3. リソースの限られたエッジ・デバイスでの高効率モデル運用

温度付きソフトマックスと情報圧縮

蒸留の成功には,温度付きソフトマックスの理解が欠かせません.これは,モデルが各クラスに対して出力する確率の分布を,温度パラメータ($T$)を使って調整する手法です.以下にその重要性を解説します.

  1. 温度の役割
  2. 温度($T$)が高いと,確率の分布が均一化され,各クラスの予測値が近くなります.これにより,生徒モデルはクラス間の違いを広範囲に吸収できます.温度が低いと,確率の差が強調され,モデルは一部のクラスに特化した予測を行いやすくなります.
  3. 情報圧縮の要
  4. 蒸留によるソフト・ラベリングでは,たとえば教師モデルが「犬:0.7,猫:0.3」という出力を生成した場合,その確率情報がそのまま生徒モデルの訓練に使われます.ハード・ラベリング(「犬:1,猫:0」)に比べて,ソフト・ラベリングでは多様な情報を含むため,モデルの学習が柔軟になり,少ないデータ量でも高い精度を実現できるのです.
  5. 温度調整の実例
  6. 音声認識や画像認識のタスクでは,異なるクラス間の微妙な差異を学習する際に高温度設定が有効です.一方で,単純な二値分類などでは低温度設定が適しています.〈著:ZEPマガジン〉

動画を見る,または記事を読む

著者紹介

  • 株式会社クレスコ入社後,銀行向けシステムなど数多の開発にリード・エンジニアとして従事.後に自社ソリューションとなる統合認証システムの基礎を独力で開発するなど,アイデアと技術でクレスコを牽引する.技術研究所での機械学習研究を経て,人工知能を強みとする部門に異動.現在はテクニカルエバンジェリストとして企業が持つ業務課題へのAI適用に関するコンサルティング,機械学習に関する技術支援を行う一方,自ら研究テーマを持ち共同研究,実験システムの構築も担当.「SoftwareDesign」「やってみよう!機械学習」(技術評論社),「日経ソフトウェア」「AIプログラマになれる本」(日経BP)への記事寄稿,会津大学,はこだて未来大学,琉球大学,早稲田大学のほかWatson SummitやMicrosoftでの講演等,社外でも精力的に活動中

著書

  1. ラズパイ+USB SDRで作るFlightradar24 Businessアカウント・フィーダ,ZEPエンジニアリング株式会社.
  2. [VOD/KIT]ラズベリー・パイで学ぶエッジAIプログラミング入門,ZEPエンジニアリング株式会社.
  3. [VOD/KIT]世界の航空機を同時追跡!Flightradar24 ラズパイ・キット,ZEPエンジニアリング株式会社.
  4. [VOD/KIT]人工知能カメラM5StickVで作って学ぶ画像解析AI開発入門,ZEPエンジニアリング株式会社.
  5. いろんなことを試して学ぶ! Pythonプログラミング,2021年,日経BP.
  6. エッジAIプログラミング M5StickV 活用編,日経ソフトウェア2020年11月号,日経BP.
  7. エッジAIプログラミング M5StickV 準備編,日経ソフトウェア2020年7月号,日経BP.
  8. Kaggleに参戦しよう(連載),日経ソフトウェア2020年1月号,日経BP.
  9. Kaggleに参戦しよう(連載),日経ソフトウェア2019年9月号,日経BP.
  10. Kaggleに参戦しよう(連載),日経ソフトウェア2019年7月号,日経BP.
  11. AIプログラマになれる本,2019年,日経BP.
  12. やってみよう! 機械学習 第2章 機械学習の始め方,2019年,技術評論社.
  13. 人工知能で画像生成 応用編,日経ソフトウェア2019年1月号,日経BP.
  14. 人工知能で画像生成 基本編,日経ソフトウェア2018年11月号,日経BP.
  15. 自分で構築するか,APIで機能を使うか 機械学習の始め方,Software Design2018年4月号,技術評論社.

参考文献

  1. [VOD/Pi3A KIT]ラズパイ・キットで学ぶLinux I/Oボードの作り方・探し方・動かし方,ZEPエンジニアリング株式会社.
  2. [VOD/Pi KIT]ラズベリー・パイで学ぶLinux&Pythonプログラミング超入門,ZEPエンジニアリング株式会社.
  3. [VOD/PiZero KIT]Python×ラズパイで初めての量子コンピュータ,ZEPエンジニアリング株式会社.
  4. [VOD/Pi400 KIT]SLAMロボット&ラズパイ付き!ROSプログラミング超入門,ZEPエンジニアリング株式会社.
  5. [VOD/Pi KIT]ラズパイ×Pythonで動かして学ぶモータ制御入門,ZEPエンジニアリング株式会社.