[技術連載]
5G時代の先進ミリ波ディジタル無線実験室
[Vol.6 部品や伝送線路の入出力特性モデル「$S$パラメータ」]

次世代高速移動通信と高分解能レーダのキー・テクノロジ


【Index】

超低$C/N$!mz-mmcon1 後継機 z-mmcon2 誕生

写真Aに示すのは,1台でミリ波を使ったディジタル無線通信が可能な$I/Q$変調&周波数コンバータ“z-mmcon2”(開発:ラジアン)です.ミリ波5G対応アップ・ダウン・コンバータ mz-mmcon1の後継機です.

写真A 1台でローカル5Gのミリ波無線通信の実験が可能なアップ・ダウン・コンバータ z-mmcon2mz-mmcon1のC/Nを大幅に改善した後継機 (開発:株式会社ラジアン

スペック

  1. 送信周波数範囲:24.0G~44.0GHz
  2. 送信出力範囲:+10~-29dBm(信号の条件 CW)
  3. 送信ゲイン範囲:+20~-19dB($I/Q$動作時)
  4. 受信周波数範囲:24.0G~44.0GHz
  5. 受信入力範囲-:10dBm以下(信号の条件 CW)
  6. 受信ゲイン範囲:+12~-9dB($I/Q$動作時)
  7. 受信雑音指数:10dB以下
  8. ベースバンド周波数範囲:DC~100kHz(内蔵D-Aコンバータ,外部アクセス不可)
  9. ベースバンド・レベル範囲:0dBm以下(内蔵D-Aコンバータ,外部アクセス不可)
  10. IF周波数範囲:1G~6GHz(本体背面のSMA端子)
  11. IFレベル範囲:0dBm以下(本体背面のSMA端子)
  12. 電源:付属のACアダプタ(DC6V,2A)
  13. 消費電流:1.5A(通常動作時)
  14. 基板サイズ:128×93×1.6mm(基材はRogers4350B)
  15. ケース・サイズ:$W$=140mm $D$=129mm $H$=40mm(フランジ含む)

従来品 ミリ波5G対応アップ・ダウン・コンバータ mz-mmcon1からの改善点

z-mmcon2写真A )は,従来機のmz-mmcon1から,下記の点が改良されています.

  1. 周波数範囲の拡大(27GHz~43GHz → 24GHz~44GHz)
  2. シンセサイザICの変更(ADF4372)に伴う$C/N$の大幅改善
  3. 制御をWindowsアプリからターミナルに変更(FTDIドライバに起因するトラブル回避)
  4. 外部機器との接続をIF(1G~6GHz)だけに変更
  5. 放熱ケース採用とファンレス化,ケースの大型化
  6. USBマイクロをUSB-Bに変更(コネクタ破壊対策)

高周波では回路や部品を$S$パラメータでモデル化するのが定石

理由1:動作条件による回路や部品の特性変化が大きい

バイポーラ・トランジスタを使った昔ながらの低周波用ディスクリート・アンプは,バイアス電流の設定値によって,周波数特性やゲイン,ひずみ,入力レンジなどの基本性能が大きく変化します.この初期設定による特性の変化の問題を解決したのがOPアンプです.10石以上のトランジスタを組み合わせて,100dB以上のゲインをもつアンプを構成し,フィードバックをかけることで,電源電圧や電源雑音の影響を受けにくい,使い勝手の良さを実現しています.

OPアンプがなかった時代は,トランジスタ回路の入出力特性をパラメータ($h$パラメータなど)でモデル化して,計算による設計をしていました(図1).高周波では,トランジスタのゲインが大きくとれないため,OPアンプのように使える便利なICはなく,電源電圧などの初期条件によって回路や部品の特性が大きく変化します.そこで,低周波のディスクリート・アンプのように,4つのパラメータ($S$パラメータ)を使って,デバイスや回路をモデリングしています.

図1 多くの高周波部品や回路は,動作条件によって回路や部品の特性が大きく変化するため,$h$パラメータを使ったトランジスタ回路設計のようなことが今も行われている

インターネット普及前,メーカは分厚いデータブックにデバイスのスペックを掲載していましたが,現実,使える用紙に限度があるため,示されているのは特定の動作条件における特性値だけでした.4.2Vの電源電圧で使用したいけれど,5Vのときの特性しか掲載されていないときは,ベクトル・ネットワーク・アナライザなど大がかりな測定器や整合用の基板をわざわざ作って$S$パラメータを測定しなおし,等価回路を導いて(図2),計算による精度の高い設計を試みていました.しかし,$S$パラメータの測定には,同軸コネクタとデバイスをインターフェースする基板を製作し,その基板の特性分を測定結果から差し引くなど,その作業は困難を極めます.

図2 高周波デバイス・メーカが提供する特性データが十分でなかった時代は,自分で$S$パラメータを実測して等価回路を導いていた
今は,メーカがさまざまな条件(周波数や電源電圧)における詳細な$S$パラメータがテキスト・データで提供されている(表1).現代は,シミュレータ(無料で実用性の高いものも多い)に,これらの$S$パラメータを読み込んで設計するべき

現在は,RFデバイスのデータシートに,さまざまな初期条件における$S$パラメータが掲載されています(後述の表1).自分の使用条件に合った$S$パラメータを探して回路シミュレータにモデルとして取り込んで計算すれば,簡単に精度の高い特性予測が可能です.

理由2:電流と電圧の比であるインピーダンスに位相が必要になるぁら

電子部品の大きさが信号の波長より十分小さい低周波でも,回路や部品に信号が入射すると,わずかな時間差で反射は発生しています.しかし信号が変化する時間が,反射波の影響がでる時間より十分に長いため,回路や部品の内部では進行波も反射波も交じり合い安定していて進行波と反射波が瞬時に定常状態に落ち着くため,電圧と電流が一様になっています.そのため,定常化した電圧と電流の比,つまり「インピーダンス」で,部品や回路の特性を表わすことができます.

高周波では,信号の波長(位相)に対して,部品や回路内部の大きさが無視できません.すると部品や回路内部の電圧と電流が一様ではなくなり,前述の直流的なインピーダンスでは,部品や回路の特性を表すことができません.高周波では,入力と出力の進行波と反射波の振幅と位相の関係を表す$S$パラメータで,部品や回路の固有の特性を表すのが定石です.

図3に示すように,2つの進行波 $a_1$,$a_2$と反射波$b_1$,$b_2$を考え,進行波と反射波の関係を図中の式(A)のように表します.

図3 $S$パラメータは入力と出力の進行波と反射波の関係を表す
回路の物理的なサイズに対して波長が無視できない高周波では,信号が変化する時間が,反射波の影響がでる時間より短いため,回路や部品,伝送線路の内部で,進行波と反射波が分離している

2ポート・ネットワークのインピーダンスを$Z_L$に一致させると,終端の反射がなくなります.つまり$a_2=0$となって,$S_{11}$=$b_1$/$a_1$と求まります.このように,2ポート・ネットワークの両側の回路のインピーダンスによって,反射波の大きさが変わるので,$S_{11}$~$S_{22}$の$S$パラメータは,低周波のように部品単体ではなく,周辺の回路に左右されます.

Vol.6は,この$S$パラメータの実際の使い方を実験を交えて解説します.〈ZEPマガジン編集部



前回 Vol.5は,高周波における回路や部品のインピーダンス「特性インピーダンス」や「反射」の影響を定量的に捉えるツール「スミス・チャート」が,高周波信号を効率よく伝えるためにいかに有効なツールかを示しました.この便利なチャートがパフォーマンスを発揮するのは,信号源と部品や回路のインピーダンスが既知なことが前提です.

高周波ではどんなICも部品も,メーカが公開しているインピーダンスは「$S$パラメータ」で表されています.低周波のICや部品のように,位相情報をもたない入力インピーダンスとか出力インピーダンスではありません.高周波シミュレータが備えるモデルの特性も,$S$パラメータで表現されています.

実際,アンテナやアンプ,フィルタ,ミキサ,伝送路,コネクタなど,高周波システムを構成する全要素を$S$パラメータでモデリングしてシミュレーションすることで,実際の回路の特性を予測することができます(図4).最近は,チップ・インダクタやチップ・キャパシタのような表面実装部品まで$S$パラメータが公開されているので,容易に精度の高い設計が可能です.

(a)回路表現
(b)Sパラメータ・モデルをつないでいくことで高周波システム全体の特性をシミュレーションできる
図4 高周波では$S$パラメータを組み合わせることで精度の高い設計が可能である

今回は,高周波回路やデバイスをモデリングするツール「$S$パラメータ」の基礎と実際の使用例を紹介します.〈加藤 隆志

$S$パラメータの基礎

$S$パラメータの値の基準は50Ω

$S$パラメータを利用するのは,一般にUHF(300MHz)以上です.この周波数帯では,基準となるインピーダンスを50Ωに統一して測定するのが定石です.

低周波回路では,ショートやオープンなど極端な条件下で動かしてパラメータを測定しますが(図1),GHzを超える高周波では,少しの配線が無視できないインダクタンスをもっているため,そのような極端なインピーダンスを実現できません(図5).これが50Ωなどのインピーダンスを基準にする理由の1つです.本連載が扱うミリ波でも50Ωを基準に,この値からの差分を設計に利用します.

図5 GHzを超える高周波ではショート(0Ω)やオープン(∞Ω)という極端な条件を実現できないため,50Ωを基準に設計するのが常識である
高周波では,正確なオープン条件やショート条件を実現することは不可能である

50Ωが選ばれた理由は,ポリエチレン(比誘電率は2.2)を絶縁層にした同軸ケーブルの表皮効果による損失がもっとも小さくなる特性インピーダンスが51Ωだからと言われています.

$S$パラメータの定義式

$S$パラメータは,50Ωで整合された信号源や負荷を回路(ブラックボックス)に接続し,回路を通過する信号や入力端で反射する信号の振幅と位相を調べます(図6).この測定をポートをさまざまに組み合わせて,周波数ごとに並べたものが$S$パラメータです.

図6 高周波用の部品や回路は,$S$パラメータで表されたブラックボックスと考えて設計する
ブラックボックスの中身はアンプなのか,フィルタなのか,伝送路なのかわからないままでかまわない

2ポート・ブラックボックスの$S$パラメータ($S_{11}$,$S_{21}$,$S_{12}$,$S_{22}$)は,次のように表すことができます.ポート数が増えても同様です.仮に3ポートの$S$パラメータの場合,3×3の行列 $S_{11}$~$S_{33}$になります.

\begin{equation} \left( \begin{array}{c} b_1\\ b_2 \end{array} \right) = \left( \begin{array}{cc} S_{11}&S_{12}\\ S_{21}&S_{22} \end{array} \right) \left( \begin{array}{c} a_1\\ a_2 \end{array} \right) \end{equation}

ここで,$a_1$は$\mathrm{P}_1$に入力される信号の振幅,$a_2$は$\mathrm{P}_2$に入力される信号の振幅,$b_1$は$\mathrm{P}_1$から出力される信号の振幅,$b_2$は$\mathrm{P}_2$から出力される信号の振幅です.

$S_{11}$は,入力側の反射の度合いを意味しており,小さいほど望ましいパラメータです.$S_{21}$は,アンプなら通過ゲインを意味し,必要な値に近いほど望ましいパラメータです.$S_{12}$は,アイソレーションを意味し,小さいほど望ましいパラメータです.$S_{22}$は,出力側の反射を意味し,小さいほど望ましいパラメータです.

$S$パラメータの測定と意味

$S_{11}$と$S_{21}$

図7に示すように,信号源$\mathrm{S}_1$から,連続波(CW,Constant Wave),またはチャープ信号(周波数スイープ信号)を出力し,$\mathrm{S}_2$は停止させます.$\mathrm{P}_1$と$\mathrm{P}_2$における信号の振幅と位相を同時に測定します.

図7 入力の反射率($S_{11}$)とゲイン($S_{21}$)の測定回路
信号源$\mathrm{S}_1$をON,$\mathrm{S}_2$をショートして,$S_{11}$と$S_{21}$の振幅と位相を測定する

$S_{11}$は,進行波を除いて反射して戻ってきた信号だけの振幅と考えることができ,$\mathrm{P}_1$の位置で,不整合による反射波の振幅と位相の比を測ると求まります.$\mathrm{P}_2$の位置で,通過した信号の振幅と位相を測ると,$S_{21}$が求まります(図7).

図8に$S_{11}$と$S_{21}$の測定結果を示します.

(a)入力の反射率($S_{11}$)の波形 (b)ゲイン($S_{21}$)の波形
図8 図7の条件で測った$\mathrm{P}_1$の位置での信号の振幅と位相の例(実測)
図(a)の結果から,$S_{11}$の振幅は信号源の出力電圧の1/2に,位相は90°遅れている.図(b)の結果から,$S_{21}$の振幅はS1の2倍に,位相は180°反転している.この結果から,ブラックボックスの中身は,入力が容量性の反転アンプではないかと予想できる

図8(a)の$S_{11}$の波形を見ると,$\mathrm{P}_1$の位置の電圧は$\mathrm{S}_1$の出力振幅の半分,位相は90°遅れています.この結果から,$\mathrm{P}_1$から見たこのデバイスは容量性であることがわかります.この状態は整合がとれていません.整合を完全に取ると,$S_{11}$の振幅はゼロになります.

図8(b)の$S_{21}$の波形を見ると,振幅は信号源$\mathrm{S}_1$の出力電圧の2倍に,位相は180°反転しています.この結果から,ブラックボックスの中身は,反転型アンプだろうと推定できます.

GHz帯の高周波回路の$S_{11}$を実際に測定するときは,マイクロストリップ・ラインを使った方向性結合器で進行波と反射波を分離します.

$S_{12}$と$S_{22}$

図9に示すように,信号源$\mathrm{S}_2$から,連続波(CW,Constant Wave),またはチャープ信号(周波数スイープ信号)を出力し,$\mathrm{S}_1$は停止させます.$\mathrm{P}_1$と$\mathrm{P}_2$における信号の振幅と位相を同時に測定します.

図9 アイソレーション($S_{12}$)と出力の反射率($S_{22}$)の測定回路
信号源$\mathrm{S}_2$をON,$\mathrm{S}_1$をショートして,$S_{12}$と$S_{22}$の振幅と位相を測定する

$S_{22}$は,$\mathrm{P}_2$の位置で,不整合による反射波の振幅と位相の比を測ると求まります.$\mathrm{P}_1$の位置で,通過した信号の振幅と位相を測ると,$S_{12}$が求まります.

$S_{22}$と$S_{12}$を測定するときは,$\mathrm{S}_2$を信号源とし,$\mathrm{S}_1$を停止させます(図9).図10に実際に測定した$S_{12}$と$S_{22}$の波形を示します.

(a)アイソレーション($S_{12}$)の波形 (b)出力の反射率($S_{22}$)の波形
図10 図9の条件で測った$\mathrm{P}_2$の位置での信号の振幅と位相の例(実測)
図(a)はアンプに逆方向から信号を入れた結果(アイソレーションと言う).$S_{12}$の振幅は信号源$\mathrm{S}_2$の出力電圧の10%に大きく減衰している.図(b)から,$S_{22}$の振幅は信号源$\mathrm{S}_2$の出力電圧の20%,位相は20°進んでいる.$\mathrm{P}_2$の位置でのインピーダンスは,$\mathrm{P}_1$よりも50Ωとの整合性が良い.誘導性と判定できる

$S$パラメータを使った高周波アンプのシミュレーション

ウェブサイトから$S$パラメータをダウンロードしてシミュレータに組み込む

最近のたいていの高周波デバイス・メーカは,ウェブサイトで$S$パラメータを公開しています(図11).

図11 $S$パラメータは,メーカのウェブサイトからダウンロードできる
低雑音アンプ(LNA,Low Noise Amplifier) HMC717A(アナログ・デバイセズ)の例.今どきは,詳細な$S$パラメータが公開されていないデバイスは敬遠される

表1に示すのは,HMC717A(アナログ・デバイセズ)という低雑音アンプの$S$パラメータの抜粋です.電源電圧3.0V,$R_{bias}$=5.76kΩ,バイアス電流 29mA,動作温度+25℃の条件下での,さまざまな周波数の$S_{11}$~$S_{22}$の振幅[dB]と位相[°]が示されています.

表1 高周波アンプ HMC717A(アナログ・デバイセズ)の$S$パラメータ
さまざまな周波数における$S$パラメータが用意されている

この中から,自分の使用条件に合った$S$パラメータを選び,高周波シミュレータに読み込ませると特性を予測できます.

電子回路シミュレータ Qucsを使って,この$S$パラメータを読み込みます(図12).

図12 高周波アンプ HMC717Aの$S$パラメータを回路シミュレータに入力(整合回路なし) 使用したシミュレータはQucs
HMC717Aの裸の特性を確認する.5.5GHzで50Ωに整合して使いたい

$\mathrm{S}_1$と$\mathrm{S}_2$用の信号源モデル“Power Source”を2個用意します.

HMC717Aの$S$パラメータは「S parameter file」というコンポーネントを使って設定します.[Parameter File=]で,ファイル名を指定すると,$S$パラメータが読み込まれます.また,“S parameter simulation”で周波数範囲を指定すると,$S$パラメータが表示されます.

アンプ単体の整合状態

このHMC717Aを5.5GHzで整合させる回路を求めてみます.

図13図14に,図12の回路の$S_{11}$,$S_{21}$,$S_{12}$,$S_{22}$をシミュレーションした結果を示します.

(a)入力の反射率($S_{11}$)とゲイン($S_{21}$)の周波数特性 (b)入力の反射率($S_{11}$)のスミス・チャート表現
図13 図12の回路の$S_{11}$と$S_{21}$の振幅の周波数特性と,整合度を示す目標インピーダンス50Ωと$S_{11}$の位置関係
HMC717Aの入力側の裸特性.$S_{21}$は通過特性(ゲイン),$S_{11}$は入力の反射率.単位は[dB].5.5GHzで50Ωに整合するためには,$S_{11}$をもう少し改善する必要がある.5GHzでなら,$S_{11}$が一般的な目安の-10dB以上とれているので,整合回路がなくても使えそうである.図(b)の結果から,デバイスから入力側を見て,直列にインダクタ,グラウンドに対して並列にキャパシタを追加すれば50Ωに整合できそう(図15参照)

反射($S_{11}$や$S_{22}$)は,-10dB以下であれば用途によっては問題にはなりませんから,HMC717Aは,整合回路なしでも5GHz付近でなら使えそうです.

5.5GHzで使おうとすると,反射が悪化し始めるため,改善が必要そうです.図13(b)の5GHz付近のインピーダンス軌跡を右下に動かせば,$S_{11}$は50Ωに近づき整合が改善されます.また図14(b)から,5GHz付近のインピーダンス軌跡を右上に少し移動すれば,$S_{22}$は50Ωに近づき,整合が改善されます.

(a)アイソレーション($S_{12}$)と出力の反射率($S_{22}$)の周波数特性 (b)出力の反射率($S_{22}$)のスミス・チャート表現
図14 図12の回路の$S_{12}$と$S_{22}$の振幅の周波数特性と,整合度を示す目標インピーダンス50Ωと$S_{22}$の位置関係
HMC717Aの出力側の裸特性.$S_{12}$は逆方向の通過特性,$S_{22}$は反射率.単位は[dB].5.5GHzで50Ωに整合するためには,$S_{22}$をもう少し改善する必要がある.デバイスから出力側を見て,直列にインダクタ,グラウンドに対して並列にキャパシタを追加すれば50Ωに整合できそう(図15参照)

マッチング回路を追加して整合帯域を広げる

図15に示すのは,HMC717Aの前後にインダクタとキャパシタを追加して,5.5GHzでの整合を改善した回路です.図16図17にシミュレーション結果を示します.

図15 図12のアンプ(HMC717A)の入出力にコンデンサとインダクタを追加して,5.5GHzにおける整合状態を改善
各定数はシミュレーションで最適化してある
(a)入力の反射率($S_{11}$)とゲイン($S_{21}$)の周波数特性 (b)入力の反射率($S_{11}$)のスミス・チャート表現
図16 図15の回路の$S_{11}$,$S_{21}$の振幅の周波数特性と,整合度を示す目標インピーダンス50Ωと$S_{11}$の位置関係
$S_{11}$は,5.5GHzを中心に,1GHzの広い周波数範囲において-20dB以下になっている.整合状態はとても良好で,定数が多少ばらついても問題ない.図(b)から,50Ω付近で,$S_{11}$の軌跡がくるりと回っているようすがわかる.広帯域に整合しているときはこうなる
(a)入力の反射率($S_{11}$)とゲイン($S_{21}$)の周波数特性 (b)入力の反射率($S_{11}$)のスミス・チャート表現
図17 図15の回路の$S_{12}$,$S_{22}$の振幅の周波数特性と,整合度を示す目標インピーダンス50Ωと$S_{22}$の位置関係
$S_{11}$は,5.5GHzを中心に,1GHzの広い周波数範囲において-20dB以下で,整合状態は良好

図16(a)からわかるように,5.5GHz周辺の$S_{11}$は-20dBを下回っています.これは,反射がほぼ存在しないと考えられるレベルです.整合回路の働きによって,図13(a)の$S_{21}$と比べてゲインがフラットな範囲が6GHzまで広がっています.また,図17(a)から,$S_{22}$も5.5GHzを中心に広い範囲で-20dB以下に抑えられています.広い帯域で整合が取れるほど,ばらつきに対するマージンに余裕があり望ましいです.

今回は話を簡単にするため集中定数を使いましたが,実際のGHz帯のRF回路では,定数が極めて小さく寄生成分が目立つため,集中定数で設計すると特性の再現性が良くありません.実際に回路を設計するときは,等価著列抵抗($ESR$,Equivalent Series Resitance)や等価直列インダクタンス($ESL$,Equivalent Series Inductance)などの寄生成分もモデルに含める必要があります.あるいは,マイクロストリップ・ラインを使えば再現性の良いスマートな回路になるでしょう.

コラム 実測とバッチリ合う!高周波回路はシミュレータを使って設計しよう

スミス・チャートを使って手計算や実測で,整合する昔ながらのやり方は,1回で最適な特性を得ることができません.

図18に示すように,整合回路の定数を手計算で求めるときは,$S_{11}$と$S_{12}$だけを使います.影響の小さい$S_{21}$と$S_{12}$も含めて計算したいところですが,とても煩雑な作業になるため,これらの影響を無視するのが定石です.しかしその分の誤差が必ず出て,1回目の整合回路では,狙ったポイントから少しずれます.2回,3回と計算をやりなおして微調整する作業が必ず発生します.

(a)回路イメージ
(b)ゲイン($S_{21}$)の周波数特性 (c)入力の反射率($S_{11}$)の軌跡
図18 整合回路の定数を手計算とスミス・チャートを使って求めるときは,影響の小さい$S_{21}$と$S_{12}$を無視して,$S_{11}$と$S_{21}$だけを使うため誤差の影響を回避できない
答えに収束するまで,2回,3回,4回と計算を繰り返す必要がある.シミュレータを使えば,$S_{21}$と$S_{12}$の影響も考慮した計算をしてくれるので,一発で最適な整合回路を見出すことができる

一方.高周波シミュレータは,$S_{21}$と$S_{12}$に影響も含めて仕上がりの特性を算出してくれるので,一発で狙いどおりの整合回路を設計することができます.

メーカが公開している$S$パラメータを使ったシミュレーション結果は,周辺回路や伝送路のモデルの精度が高ければ,かなり正確に特性を予測できます.

ただし,シミュレータに頼ってやみくもにカット・アンド・トライを繰り返すと,部品点数が無駄に多い効率の悪い回路ができ上がったり,大きな問題点や最適な答えを見落としたりします.スミス・チャート上で$S$パラメータの軌跡をイメージできるようになることで初めて,早く問題点を見つけ出し,最良の対策を打ち出せるようになるでしょう.


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