ソフトウェア・フェーズドアレイ・ミリ波モジュール
“mmCon3”誕生
[Vol.2 1エレメント1モジュール独立分散型の理由]
任意の変調波を任意方向に同時発射!
1エレメント1モジュールの独立分散型で広帯域/高感度/低ひずみを実現
- Vol.1 分散型マルチビーム無線機のハードウェア
- Vol.2 1エレメント1モジュール独立分散型の理由
- Vol.3 ソフトウェアによるマルチビーム制御の実験
- Vol.4 非接触共振カプラによるアレイ・チャネル拡張
- 著者・講師:加藤 隆志/Takashi Kato,株式会社ラジアン
- 企画・編集:ZEPエンジニアリング株式会社
- 無料セミナ:広帯域ソフトウェア無線&フェーズドアレイANT開発 要点100(2025年2月28日~3月7日),簡単申込
メリットの多い独立分散型フェーズドアレイ
任意の異なる変調波ビームを好きな方向に発射できる
図16に示すように,送受信器をエレメントごとに独立,分散させることで,同じエレメント内に異なる位相遅延の信号を合成できるようになります,
$\theta_1$~$\theta_4$と$\Phi_1$~$\Phi_4$を自由に設定できます.$\theta$の信号と$\Phi$の信号の各変調波ビームが,異なる方向に発射できます.
送信機が1個しかない従来のフェーズドアレイ構造(連載第1回 図2)では,異なる変調波を合成しても,位相調整はどちらも同じになるため,同じ方向にしかビームを向けることができません.
128エレメント化すれば約+10dBの感度向上
受信感度を劣化させる最大の要因は,初段のロー・ノイズ・アンプ(LNA,Low Noise Amplifier)のNF(Noise Figure)です.NFは,LNA内部で発生する完全にランダムな熱雑音によって悪化します.
スペクトラム・アナライザの表示画面の下部でうごめくノイズ(フロア・ノイズ)は,熱座音です.熱雑音は,温度に比例し,室温300Kでは-174dBm/Hzという電力です.LNA固有の雑音指数であるNFによって,この-174dBmというノイズ電力が増します.
スペアナのアベレージング機能を使うと,フロア・ノイズが低下することが確認できますが,複数のLNAの出力を合成すると同じ現象が起こります.つまり相関しないランダム・ノイズの合成は相殺されてピーク電圧が低下します.
図16に示す今回のフェーズドアレイ・システムは,各エレメントごとに用意した各LNAから発生する熱雑音は非相関です.信号電力は最終的に位相調整で電力が最大になる位相に調整後加算されるため,2エレメントでは電圧は2倍(6dB)アップします.
ノイズは電力の加算だけなので,2エレメントで$\sqrt{2}$倍の3dBアップです.つまり,エレメント数が増えるほどS/Nが改善します.言い換えると感度が向上するということです.
図17から,128エレメントでは10dBを越える感度改善が期待できます.この特性は,ソフトウェア・フェーズドアレイ固有ではなく,アナログ・フェーズドアレイでもLNAがエレメントで独立していれば同じ効果が期待できます.これはフェーズドアレイ・システム共通の特徴と言えるでしょう.
送信ひずみが小さい
送信で問題になるのが奇数次ひずです.中でも問題になるのは,3次ひず“$IM_3$”です.
終段パワー・アンプ(PA)に大きな電力を入力すると次の周波数にスプリアスが発生します.$f_1$と$f_2$は変調帯域内の2信号を表し,それらの上下差分の周波数に$IM_3$が発生します.
\begin{align} f_\text{IM3} &= \pm (f_1 - f_2) \end{align}実際の変調波も異なる周波数の信号が集まっているため,同様に$IM_3$が発生します.$IM_3$は,隣接チャネルに漏れ出し,不要な電波を放出します.$IM_3$の放出量は,規格で制限されています.要求を満たすためには,パワー・アンプのひず特性を改善する必要があります.
次のような対策が考えられますが,多くの設計工数とコストがかかります.
- 消費電力の大きな大電力デバイスを使う
- ディジタル信号処理で,プリディストーション処理(DPD)を施す
出力電力を1dB下げると,$IM_3$は3dB下がります.つまり,出力電力を下げることが,$IM_3$を低減するために有効です.さらに広帯域化するほど,必要なピーク電力が増し,ひずみが大きくなります.
今回の分散型フェーズドアレイ・システムは,1チャネルあたりのパワー・アンプの出力電力を小さくできます(図18).さらに,広帯域化によるひずの増大を抑えることもできます.
同じ電力なら,同じパワー・アンプでも,1エレメントに比べて,128エレメントでは,$IM_3$が42dBも改善されます.この効果は,フェーズドアレイ・システムに共通しています.パワー・アンプが,エレメントで独立していれば,同じ効果が期待できます.
参考文献
- 特願 2024-206268,株式会社ラジアン,加藤 隆志.
- [KIT]ミリ波5G対応アップ・ダウン・コンバータ Mk2,ZEPエンジニアリング株式会社.
- [VOD/KIT]GPSクロック・ジッタ・クリーナ,ZEPエンジニアリング株式会社.
- 5G時代の先進ミリ波ディジタル無線実験室[Vol.8 初めての28GHzミリ波伝搬実験],ZEPエンジニアリング株式会社.
- 高感度受信!ソフトウェア無線機の心臓部“Root-Raised Cosine Filter”の設計,ZEPエンジニアリング株式会社.
- Arm M4/M7/DSP×500MHz!STM32H7ハイスペック計測通信Module開発,ZEPエンジニアリング株式会社.
- [VOD]Linux搭載USBマルチ測定器 Analog Discovery Proで作る私の実験室,ZEPエンジニアリング株式会社.
- [VOD/KIT]初めてのソフトウェア無線&信号処理プログラミング 基礎編/応用編,ZEPエンジニアリング株式会社.
- [VOD]Pythonで学ぶ マクスウェル方程式 【電場編】+【磁場編】,ZEPエンジニアリング株式会社.
- [VOD]MATLAB/Simulink×FPGAで作るUSBスペクトラム・アナライザ,ZEPエンジニアリング株式会社.