ソフトウェア制御フェーズドアレイ・ミリ波モジュール
“mmcon3”誕生
[Vol.1 分散型マルチビーム無線機のハードウェア]


任意の変調波を任意方向に同時発射!
1エレメント1モジュールの独立分散型で広帯域/高感度/低ひずみを実現


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Beyond5G/宇宙通信時代のキーワード「フェーズドアレイ」

送信機のアンテナから放射される電磁波は,受信機の方向以外のさまざまな方向にも放射されるため,エネルギ効率のよい通信とはいえません.もし,電磁波の放射方向を受信機のある方向に鋭く絞り込み,ビーム状にすることができれば,少ないエネルギで遠くまで電磁波を届けることが可能になります.

この鋭い電磁波ビームを作るには,複数のエレメントをもつアンテナ「フェーズドアレイ・アンテナ」を利用し,その位相を制御する方法があります.各エレメントの位相遅延($f_{RF}$=28GHzの場合,10°=1psのオーダ)を精密に調整することで,特定の方向に電磁波を集中させたり,瞬時にビームの方向を変えたりすることが可能です.

このしくみは,レーダや衛星通信などで長年活用されてきましたが,近年では,5Gや6Gなどの広帯域通信にも応用されています.これにより,通信速度が向上するだけでなく,多数のユーザが同時接続しても安定した通信が可能になるなど,大きな利点があります.〈ZEPマガジン

マルチビーム・ソフトウェア・フェーズドアレイ・ミリ波無線機誕生

図1 ソフトウェアによって自由に電磁波ビームの向きを制御できるフェーズドアレイ無線機 mmcon3(開発:株式会社ラジアン

本稿で紹介するのは,ソフトウェアによって自由に電磁波ビームの向きを制御できるフェーズドアレイ無線機です(図1).ここでは「マルチビーム・ソフトウェア・フェーズドアレイ・ミリ波無線機」と呼びます.

1つ1つはシンプルな構造と機能でも数を増やしてお互いが連携して動くことで,これまでできなかった機能を獲得して飛躍的に能力向上するシステムが存在します.分散されたコンピュータのネットワークは近年の代表的な例ですが,太古から存在する生物も1個体の中でも社会でも同様のシステムをもっています.

1つのアンテナに1組の送受信機がセットになれば,それは従来からある無線機です.それらがネットワークによって連携動作することで,従来の無線機では不可能だった機能が実現されます.これを「ソフトウェア・フェーズドアレイ」と呼び,同時に複数の電磁波ビームを放射できます.1つの端末に対してビームを集中することで,長距離通信を可能にすることもできます.感度を飛躍的に上げる,送信出力を増すこともできます.そして,これらの性能は,無線機の数が増えるほど高まります.

低軌道上に無数の小型衛星を打ち上げ,それらが連携することで巨大なフェーズドアレイ・アンテナを宇宙空間に展開し,これまでにない高性能で多機能な衛星通信システムの構築が実験的に進められています.これら分散型のフェーズドアレイ・システムは,無線通信機分野に対して近い将来ゲーム・チェンジャになる可能性に満ちています.

しかし,実際に製作して実験するためには,多数の無線モジュールを同期させつつ,多チャネル並列で動作させる必要があります.この課題を解決する私の1つの解が,並列構成に用途を特化した専用RFモジュール“mmcon3”です.

フェーズドアレイ無線機の基礎知識

特定の方向に強い電磁波ビームを放射できる

フェーズドアレイ無線機は,複数のアンテナに位相の異なる高周波信号を給電し,それらを空間で合成して,特定の方向に強い電磁波を放射できる通信システムです.

IF信号の周波数を上変換(アップコンバート)して得たRF信号を4つに分岐させ,個別の位相シフト回路(Phase shifter)を介して各エレメントに給電します.

このRF信号の遅延量 $\Phi$を可変すると,放出するビームの向きを自由に制御できます.エレメントの数を増やすと,ビームの絞り範囲が狭くなり(ビームが鋭くなる),アンテナ・ゲインが高くなります.

たとえば,すべてのエレメントの位相遅延量($\Phi_1$~$\Phi_4$)を揃えると,正面で電磁波の位相が揃い,正面に向かってビームが最大電力で放出されます.図2に示すように,遅延量 $\Phi_1$を最小,$\Phi_4$を最大に調整すると,斜め右方向で電磁波の位相が揃います.

図2に示すのは,従来のフェーズドアレイ無線機の構成と電磁波の放射のようすです.

図2 従来のフェーズドアレイ無線機の動作原理.RF信号で分岐させて各エレメントを駆動する

ソフトウェア・フェーズドアレイ・ミリ波モジュール“mmcon3”誕生

5つのハードウェアで構成

ローカル5G/6Gなどの次世代通信の実験に利用できるソフトウェア・フェーズドアレイ・ミリ波モジュールmmcon3を開発しました(図1).次の5つのハードウェアで構成されています.

  1. ミリ波アップコンバータ mmcon3-tx
  2. ミリ波ダウンコンバータ mmcon3-rx
  3. 高C/Nマイクロ波帯シンセサイザ mmcon3-pll
  4. mmcon3ベースボード mmcon3-base
  5. 4エレメント×2フェーズドアレイ・アンテナ mmant2

最大の特徴:IFからRFまで独立分散送受信

フェーズドアレイ・アンテナが備えるエレメントと同じ数のモジュールを用意して,各エレメントを独立して駆動します.

図1に示したのは,上記の5つのモジュールのうち,4台のmmcon3-txと1台のmmcon3-pll,mmcon3-base,mmant2を使った送信器の構成例です.後述の実証実験に利用しました.図3にブロック図を示します.

USB SDR“USRP N310”(ナショナルインスツルメンツ)を使って,IF信号を発生させ,mmcon3-txでアップコンバートして各エレメントを駆動しています.

mmant2には,同じエレメントが4つ並べられています.各エレメントにそれぞれ,独立したミリ波アップコンバータ mmcon3-txを4個割り当てています.USB SDR“USRP N310”からは,4チャネルの異なる変調信号を生成します.

図3 mmcon3とUSB SDR USRP N310で構成した実験用マルチビーム・フェーズドアレイ送信器のブロック図

各モジュールの機能

ミリ波アップコンバータ mmcon3-tx

IF信号(GHz帯)をミリ波帯にアップコンバートする送信モジュールです.

図4(a)に回路図を,図4(b)にスペックを示します.

図5に示すように,送信基板とアルミ・シールド・ブロックで構成されています.写真の下側の基板(部品面)をひっくり返して,上側のアルミ・ブロックに挿入します(図6).

IF I/Q信号を入力するSMPM端子,STM32F446マイコン(STマイクロエレクトロニクス),24G-44GHzワイドバンド・マイクロウェーブ・アップコンバータ ADMV1013図7),RF出力のSMPM端子が並んでいます.

中央左下にある3個のポゴピンはUART通信用と電源供給用です.伝送路レールから電源の供給とUART通信が可能です.

図4(a) ミリ波アップコンバータ mmcon3-txの回路図
図4(b) ミリ波アップコンバータ mmcon3-txのスペック
図5 ミリ波アップコンバータ mmcon3-txの外観(組み立て前)

図6に示すのは,アルミ・ブロックに基板を挿入して,アルミ板を取り付けた完成状態です.

図6 ミリ波アップコンバータ mmcon3-txの外観(組み立て後)
図7 24G-44GHzワイドバンド・マイクロウェーブ・アップコンバータ ADMV1013の内部ブロック図

ミリ波ダウンコンバータ mmcon3-rx

ミリ波のRF信号をGHzのIF信号にダウンコンバートするダウンコンバータ・モジュールです.z-mmcon3-txの逆の動作をします.

図8(a)に回路図を, 図8(b)にスペックを示します.

図9に基板の外観を示します.左からRF入力のSMPM端子,44G-24GHzワイドバンド・マイクロウェーブ・ダウンコンバータ ADMV1014図10),STM32F446マイコン(STマイクロエレクトロニクス),IFのI/Q出力のSMPM端子です.左上のチップ(U202)は,ストリップ線路による共振回路で受信したLO信号を増幅しています.

中央右上ある3個のポゴピンはUART通信用と電源供給用です.伝送路レールから電源の供給とUART通信が可能です.

図8(a) ミリ波ダウンコンバータ mmcon3-rxの回路図
図8(b) ミリ波ダウンコンバータ mmcon3-rxのスペック
図9 ミリ波ダウンコンバータ mmcon3-rxの内部基板
図10 44G-24GHzワイドバンド・マイクロウェーブ・ダウンコンバータ ADMV1014の内部ブロック図

高C/Nマイクロ波帯シンセサイザ mmcon3-pll

PLLシンセサイザ基板です.mmcon3-baseの伝送路レール上にある複数のmmcon3-txとmmcon3-rxに,7.55GHz(8.83dBm)のRF信号を供給します.すべてのmmcon3-txとmmcon3-rxはこの信号に同期して動作します.

図11(a)に回路図を,図11(b)にスペックを示します.

図12に基板の外観を示します.

HIバンド(8G~16GHz)のLO信号を出力するSMPM端子,VCO内蔵マイクロ波広帯域シンセサイザ図13),超低雑音LDOレギュレータ LT3045STM32F446マイコン(STマイクロエレクトロニクス),LOバンド(4G~8GHz)のLO信号を出力するSMPM端子を実装しました.

3ピン・ヘッダは,ADF4372の各種設定用(周波数など)のUART端子です.中央右上にある3個のポゴピンはUART通信用と電源供給用です.伝送路レールから電源の供給とUART通信が可能です.

図11(a) 高C/Nマイクロ波帯シンセサイザ mmcon3-pllの回路図
図11(b) 高C/Nマイクロ波帯シンセサイザ mmcon3-pllのスペック
図12 高C/Nマイクロ波帯シンセサイザ mmcon3-pllの外観
図13 VCO内蔵マイクロ波広帯域シンセサイザ ADF4372の内部ブロック図

mmcon3ベースボード mmcon3-base

複数のmmcon3-txとmmcon3-rxに,7.55GHz(8.83dBm)のRF信号を供給する伝送路レール基板と,ミリ波アップコンバータ mmcon3-txやミリ波ダウンコンバータ mmcon3-rx,フェーズドアレイ・シンセサイザ mmcon3-pllを冷却するヒートシンクで構成されています.

図14に基板の外観を示します.横に長く,レール・ボード1枚にモジュールを5個搭載できます.

一番上は,LO信号(約8GHz)が通るストリップ線路です.内層を通しています.表も裏もベタグラウンドで覆われています.CMカプラ結合部分だけスリットを開けて,電磁界結合を可能にしました.下の3箇所の端子はポゴピン用の電源とUART端子です.

図14 mmcon3ベースボード mmcon3-baseの外観

4エレメント×2フェーズドアレイ・アンテナ mmant2

フェーズドアレイ・アンテナ基板です.図15に外観を示します.

端子はSMPMです.下段の4エレメントを送信用として使った例です.上段の4エレメントには,SMPM端子を付けていません(未使用状態).下段の4エレメントを送信用に,上段の4エレメントを受信用に使うことも可能です.8エレメントのフェーズドアレイ・アンテナとして利用することも可能です.

図15 4エレメント×2フェーズドアレイ・アンテナ mmant2の外観

参考文献

  1. 特願 2024-206268株式会社ラジアン,加藤 隆志.
  2. [KIT]ミリ波5G対応アップ・ダウン・コンバータ Mk2ZEPエンジニアリング株式会社
  3. [VOD/KIT]GPSクロック・ジッタ・クリーナZEPエンジニアリング株式会社
  4. 5G時代の先進ミリ波ディジタル無線実験室[Vol.8 初めての28GHzミリ波伝搬実験]ZEPエンジニアリング株式会社
  5. 高感度受信!ソフトウェア無線機の心臓部“Root-Raised Cosine Filter”の設計ZEPエンジニアリング株式会社
  6. Arm M4/M7/DSP×500MHz!STM32H7ハイスペック計測通信Module開発ZEPエンジニアリング株式会社
  7. [VOD]Linux搭載USBマルチ測定器 Analog Discovery Proで作る私の実験室,ZEPエンジニアリング株式会社.
  8. [VOD/KIT]初めてのソフトウェア無線&信号処理プログラミング 基礎編/応用編ZEPエンジニアリング株式会社
  9. [VOD]Pythonで学ぶ マクスウェル方程式 【電場編】+【磁場編】ZEPエンジニアリング株式会社
  10. [VOD]MATLAB/Simulink×FPGAで作るUSBスペクトラム・アナライザZEPエンジニアリング株式会社