ソフトウェア・フェーズドアレイ・ミリ波モジュール
“mmCon3”誕生
[Vol.4 非接触共振カプラによるアレイ・チャネル拡張]


任意の変調波を任意方向に同時発射!
1エレメント1モジュールの独立分散型で広帯域/高感度/低ひずみを実現





全モジュールに電力均等にLO信号を分配する

フェーズドアレイ・システムには,チャネル拡張性が求められます.たとえば,エレメント数を16とか64に拡張できる必要があります.しかし,10GHz前後のRF信号を分配するのは容易ではありません.

mmCon3では,1個の高C/Nマイクロ波帯シンセサイザ mmCon3-pllが出力するLO信号(GHz帯)を,複数のミリ波アップコンバータ mmCon3-txとミリ波ダウンコンバータ mmCon3-rxに,均等な電力で,分配することで,全体を同期運転できます(図26).分配数は自由に増設可能である必要があります.

図26 1台のシンセサイザ mmCon3-pllが出力するLO信号を複数のmmCon3-txとmmCon3-rxに,均等な電力で分配できる

デメリットの多い従来のRF信号分配

その1:バラン方式

図27に示すのは,従来のRF分配器のブロック図です.

分配器というブロックは,「バラン」に代表されるトランス構造のチップ形状デバイスです.

出力の位相差が,$0^\circ$,$90^\circ$,$180^\circ$などありますが,ここでは$0^\circ$を使用します.電力が2分岐するため,理想デバイスでも-3dBの通過ロスがあり,実際のデバイスでは-4~-5dB程度の通過ロスになります.

図27 従来のRF分配器その1:バラン方式

その2:ウィルキンソン・デバイダ方式

図28に示すのは,マイクロストリップ線路で構成した4分岐のウィルキンソン・デバイダです.基板は,Megtron6で周波数範囲は1.5G~6GHz,基板外形は75 $\times$ 56mmです.

基板材料に低損失なもの(MegtronやRogersなど)を使えば低損失に作れますが,周波数によってはサイズが大きくなります.

これらの分配方法の欠点は基板サイズと拡張性で,例えば16分岐になると,SMAコネクタのサイズだけ考えても基板サイズは約200mmです.分岐数を増やすことは容易ではなく,4分岐のモジュールを複数組み合わせるなど,基板とコネクタ,同軸ケーブルの数が膨大になります.

図28 従来のRF分配器その2:マイクロストリップ線路構成のウィルキンソン・デバイダ

その3:カスケード接続方式

これらの問題を解決する手段として,図29のカスケード接続による分配方法があります.

各モジュール内部のCM(Common Mode)カプラを配すことで,段間ロスを低く抑えます.CMカプラから分岐される信号レベルは小さいため,アンプで必要なレベルまで増幅します.

この方法の欠点はモジュール間の接続に同軸コネクタなどが必要なことです.図29のようにモジュールを密に並べたい場合には実現性が難しくなります.

図29 従来のRF分配器その3:カスケード接続方式

非接触共振型LO分配方式を開発

コネクタ&損失レス!共振回路を使った非接触分配

高密度実装を難しくするコネクタを使わず,拡張性を確保できる方式として,図30も示す非接触の共振方式を採用しました.CMカプラ(Common Mode Coupler)の拡張ですが,このCMカプラは,カップリング線路間の距離に応じてレベルが大きく変動する課題があります. 図30に示す共振器はモジュール側に内蔵しました.50$\Omega$伝送路は,モジュールを固定するベース・アルミ筐体にネジ留めします.伝送路と共振器の距離は約1mm離れています.機械寸法精度の問題で距離にはある程度の誤差があります.

この条件で安定に信号を伝送できるように,受信側だけ共振器としました.送受信どちらも共振器を使うものは強い結合で安定しますが,拡張性を考えて,送信側はストリップ線路としました.よりシンプルな方法で,伝送路の信号ロスを極力抑える方法を選択しています.

この方式なら,モジュール間のロスは最低限に抑えられ,拡張性も確保でき,高密度配置の問題も解決します.mmCon3-txとmmCon3-rxを増したいときは,図31のようにベース・アルミ筐体を増やして,同軸ケーブルでカスケード接続することで対応できます\cite{doc5}.

図30 共振回路を使った非接触方式「非接触共振型LO分配法」を考案.高密度実装を難しくするコネクタを使わず,拡張性を確保できる
図31 ベース・アルミ筐体を増やして,同軸ケーブルでカスケード接続することで,mmCon3-txとmmCon3-rxを増やせる

非接触共振型LO分配回路「非接触共振カプラ」の詳細

オープン・スタブのストリップ線路

図32に示すのは,伝送路と共振器の位置関係です.共振器はオープン・スタブのストリップ線路で,長さは波長の半分である$\frac{\lambda}{2}$をC形に折りたたんでいます.

1波長の長さは,LO周波数を8GHzとすると次のように求まります.

\begin{align} \lambda &= \frac{C}{f} = \frac{299792458}{8.0 \times 10^9} = 37.5 \, \mathrm{mm} \label{eq:wavelength} \\ \frac{\lambda}{2} &= 18.7 \, \mathrm{mm} \label{eq:half_wavelength} \end{align}

基材(Rogers 4350B)の誘電率は $\varepsilon_r = 3.4$なので,次のように波長は短縮します.

\begin{align} \frac{\lambda}{2} &= \frac{18.7}{\sqrt{\varepsilon_r}} = 10.2 \, \mathrm{mm} \label{eq:half_wavelength_reduced} \end{align}

基材内に収まる共振器の長さは,10mmでよいことになります.

図33の伝送路側が下,共振器側が上です.基板表面はどちらもほとんどをグラウンドで囲まれシールドされており共振器のある部分だけグラウンドを抜いたスリットがあり,ここで電磁結合しています.図34に,共振器の基板レイアウトを示します.

図32 非接触共振カプラの伝送路と共振器の位置関係(パターン面から見た場合)
図33 非接触共振カプラの伝送路と共振器の位置関係(基板を横から見た場合)
図34 非接触共振カプラのプリント基板

共振器のQを上げる

共振器の$Q$を上げると,定在波が時間をかけて成長するため少ない入力でも大きな電圧振幅が得られます.

図35に示すのは,実際の共振器とRFアンプ入力(50$\Omega$)です.この間に入っているキャパシタ(0.3pF)が重要な働きをします.図36は,この回路を等価回路に置き換えたものです.共振器の等価回路は橙色で網がけした範囲です.図37に示すのは,スミス・チャート上でインピーダンスをプロットした軌跡です.0.3pFの働きで50$\Omega$が150$\Omega$に変換されています.

共振は,必ず虚数項ゼロのインピーダンスになるため,2.2nHはこの条件になるよう共振器のインダクタンスから分離した成分です.0.3pFの値を変えると,それに応じて2.2nHも変化し,共振周波数もわずかに変化します.$Q$をさらに上げるためには,キャパシタの容量をもっと小さくすればよいことが一目瞭然です.

図38に示すのは,共振カプラとCMカプラの特徴です.

図35 非接触共振カプラの共振器とRFアンプ入力
図36 非接触共振カプラの等価回路
図37 開発した非接触共振カプラのインピーダンス
図38 共振カプラとCMカプラの特徴

非接触共振型LO分配法のパフォーマンス

実測の方法

図39に,LO分配の評価用実験基板とモジュールを組み立てたところです.

伝送路レール状の黄色で囲まれた範囲にmmCon3モジュールが重なります.CH2の位置に測定用のモジュールが配置されています.0.3pFの後に同軸ケーブルが接続され,スペアナにつながれています.

高C/Nマイクロ波帯シンセサイザ mmCon3-pllが出力するのは,周波数7.55GHz,レベル8.83dBmのRF信号です(図40).SMPMケーブルで伝送路レールに入力されます.

1005サイズの51$\Omega$チップ抵抗で,伝送路レールの左端で終端しています(図39).

図39 LO分配の評価用実験基板とモジュールの外観
図40 高C/Nマイクロ波帯シンセサイザ mmCon3-pllが出力する7.55GHz,8.83dBmのスペクトラム

mmCon3-pllの$C/N$と各モジュール位置のLO信号レベル

mmCon3-pllのC/Nは,-95dBm/Hz@10kHz offsetです.低い位相ノイズ性能が実現されています(図41).ミリ波用のLO信号は逓倍によってC/Nがかなり悪化するため,この値がよいことは非常に重要です.理論上C/Nは,4逓倍で12dB悪化します.28GHzでは,C/N=-80dBm/Hzになることが予想されます.

図42に示すのは,各モジュールの位置におけるLO信号のレベルです.

伝送路レール基板に,$\tan \delta = 0.04$のFR-4を使ったため,モジュールごとに誘電損失による1dB程度,レベルが低下しています.誘電損失の小さいMegtron6基板($\tan \delta = 0.002$)を使えば,この減衰は大きく改善されます.モジュール数が4個なら,FR-4基板でも問題ありませんが,さらに段数を増やす場合は低損失基板を使う必要があります.

図41 mmCon3-pllのC/Nは-95dBm/Hz@10kHz offset
図42 各モジュールの位置におけるLO信号のレベル

ミリ波アップコンバータ mmCon3-txが出力する変調波のC/N

10kHz offsetで-80dBm

図43に示す接続で,ミリ波アップコンバータ mmCon3-txが出力する変調波を観測します.

実際には,mmCon3-txにはmmCon3-pllから7.55GHzのLO信号が入力されています.変調波の信号源はUSRP N310です.MATLABのアプリ「無線波形発生器」を使用します.信号の測定は,シグナル・アナライザ MS2840A(アンリツ製)で44.5GHzまで測定可能,高C/N信号源オプション付きです.

無線波形発生器アプリケーションを使って,広帯域信号(OFDM)を生成します(図44).キャリア周波数は2.2GHzで帯域幅は50MHzです.

図45に示すのは,これをアップコンバータ mmCon3-txで上変換したOFDM変調波のスペクトラムです.チャネル・パワーは,一番下の黄色テキストで,-12.83dBmです.

図46に示すように,出力レベルが1dBmのときは,ひずみの影響で,隣接チャネル漏洩パワー(ACP,Adjacent Channel leakage Power)が悪化します.したがって,-10dBm以下で使用します.C/Nは,10kHz offsetで,-80dBm未満です.この周波数にしてはよい性能が得られています.

図43 ミリ波アップコンバータ mmCon3-txの出力信号を評価する接続
図44 無線波形発生器アプリケーションを使って,広帯域信号(OFDM)を生成する.この信号をアップコンバータmmCon3-txに入力する
図45 アップコンバータ mmCon3-txで上変換したOFDM変調波のスペクトラム
図46 出力レベルが1dBmのとき,隣接チャネル漏洩パワーが悪化するため,-10dBm以下で使うのがよい

まとめ

本稿では,ソフトウェア・フェーズドアレイ・ミリ波モジュール“mmCon3”の試作1号機のハードウェアとその特性を紹介しました.想定どおりのマルチビームの挙動とLO分配の性能が得られています.

この無線システムは,マルチビームのフェーズドアレイだけでなく,多チャネル信号源や信号検出などミリ波計測システムにも応用できます.

参考文献

  1. 特願 2024-206268株式会社ラジアン,加藤 隆志.
  2. [KIT]ミリ波5G対応アップ・ダウン・コンバータ Mk2ZEPエンジニアリング株式会社
  3. [VOD/KIT]GPSクロック・ジッタ・クリーナZEPエンジニアリング株式会社
  4. 5G時代の先進ミリ波ディジタル無線実験室[Vol.8 初めての28GHzミリ波伝搬実験]ZEPエンジニアリング株式会社
  5. 高感度受信!ソフトウェア無線機の心臓部“Root-Raised Cosine Filter”の設計ZEPエンジニアリング株式会社
  6. Arm M4/M7/DSP×500MHz!STM32H7ハイスペック計測通信Module開発ZEPエンジニアリング株式会社
  7. [VOD]Linux搭載USBマルチ測定器 Analog Discovery Proで作る私の実験室,ZEPエンジニアリング株式会社.
  8. [VOD/KIT]初めてのソフトウェア無線&信号処理プログラミング 基礎編/応用編ZEPエンジニアリング株式会社
  9. [VOD]Pythonで学ぶ マクスウェル方程式 【電場編】+【磁場編】ZEPエンジニアリング株式会社
  10. [VOD]MATLAB/Simulink×FPGAで作るUSBスペクトラム・アナライザZEPエンジニアリング株式会社