5G時代の先進ミリ波ディジタル無線実験室
超高周波「ミリ波」の難しさ
伝搬距離をいかに稼ぐか
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図1 ミリ波通信は,広帯域通信を可能にする一方で,伝搬損失やノイズの影響を受けやすいという課題がある.適切なアンテナ設計や信号処理技術を駆使することで,実用的な通信システムの構築が可能になる.画像クリックで動画を見る.または記事を読む.[提供・著]加藤 隆志 |
ミリ波の性質と広帯域通信の実験環境
ミリ波とは何か?
ミリ波(millimeter wave)は,波長が1mmから10mm(周波数は30GHzから300GHz)の電磁波を指します.この周波数帯は,無線通信やレーダ,医療・計測機器など幅広い分野で応用されています.特に近年では,5Gや次世代通信技術の中核として期待されています.
ミリ波帯の特徴は,波長が非常に短いため,これまで無視されていた物理現象が顕在化する点です.配線やプリントパターンの影響が顕著になり,インピーダンス整合が適切でないと定在波が発生します.また,信号の損失(銅損・誘電体損)が増加し,通信品質に影響を及ぼします.一方で,広帯域通信が可能になるという大きな利点があり,超高速データ通信の実現に貢献します.
ミリ波通信のメリットと課題
ミリ波を用いた通信には以下のメリットがあります.
- 広帯域:周波数が高いため,一度に送信できるデータ量が飛躍的に増加します
- 高解像度:レーダやイメージング用途で精細な測定が可能になります
- 指向性の向上:ビームフォーミング技術と組み合わせることで,狭い範囲に強力な信号を送ることができます
一方で,以下の課題もあります.
- 伝搬距離の制約:周波数が高いため,空間伝搬損失が大きく,通信距離が短くなります
- 障害物の影響:建物や人体などに遮られると,信号が減衰・反射しやすくなります
- 高精度なアンテナが必要:指向性の高いアンテナを用いて効率的な伝送を行う必要があります
一般的なWi-Fi(2.4GHz)では通信距離が55m程度ですが,ミリ波(28GHz)では約4.7mに制限されます.そのため,基地局の密度を高くする必要があり,インフラコストの増大が課題になります.
超高周波「ミリ波」の世界と実験環境
ミリ波通信の実験では,適切な測定環境を構築することが不可欠です.特に,伝搬損失やS/N(信号対雑音比)の評価が重要になります.
伝搬距離とアンテナ設計
ミリ波の伝搬距離は,フリースペース・パスロスの公式を用いて次のように求められます.
\[ L = (4\pi d / \lambda)^2 \]ここで,$L$は伝搬損失 [dB],$d$は距離 [m],$\lambda$は波長 [m] です.
送信機の出力を10dBm,アンテナのゲインを0dB,伝搬損失を150dBとすると,受信機の入力電力は次のようになります.
\[ P_{recv} = 10 150 = -140 \text{ dBm} \]一方,ノイズ電力密度は常温(絶対温度300K)で$P_n = -173.8$ dBm/Hzになります.帯域幅10kHzでは,
\[ P_n = -173.8 + 40 = -133.8 \text{ dBm} \]となるため,S/N比は,
\[ S/N = -140 (-133.8) = -6 \text{ dB} \]となり,通信には不十分です.適切なアンテナを選択し,ゲインを向上させることが重要になります.
実験環境の構築
ミリ波通信の実験では,次の要素を考慮する必要があります.
- 高精度な測定機器:スペクトラム・アナライザやネットワーク・アナライザを用いた周波数特性の測定
- 適切なアンテナ設計:フェーズドアレイやパラボラアンテナを使用し,指向性を最適化
- 低損失な配線技術:マイクロストリップ・ラインや導波管を活用し,伝送損失を抑制
これらの要素を適切に調整することで,ミリ波の高性能通信を実現できます.
キーワード
伝搬損失とは?
ミリ波通信の大きな課題の1つが伝搬損失です.特に,電波の周波数が高くなると,空間伝搬損失が著しく増加します.伝搬損失は,電波が空間を伝わる際に発生する信号強度の減衰を指します.
周波数$f$ [Hz],距離$d$ [m]に対して,伝搬損失$L$ [dB]は次のように表されます. \[ L = 20\log_{10} (4\pi d f / c) \] ここで,$c$は光速(約$3.0 \times 10^8$ m/s)です.
ノイズ限界とは?
通信システムでは,受信信号とノイズの比(S/N比)が通信品質を左右します.理論上の最低ノイズ電力密度は,次式で求められます.
\[ P_n = k_B T B \]ここで,$k_B$はボルツマン定数,$T$は絶対温度[K],$B$は帯域幅[Hz]です.
常温($T = 300$ K),帯域幅$B = 10$ kHzの場合,ノイズ電力密度は$-133.8$ dBmになります.受信機の入力電力がこれよりも小さいと,通信品質が著しく低下します.
伝搬損失とノイズ対策
ミリ波通信では,次のような対策が求められます.
- 高ゲインアンテナの使用:指向性を高め,受信信号強度を向上
- 低ノイズ増幅器(LNA)の導入:受信機の感度を向上させ,S/Nを改善
- ビームフォーミング技術の活用:電波の方向を制御し,効率的な通信を実現
これらの技術を組み合わせることで,ミリ波通信の実用性が向上します.〈著:ZEPマガジン〉
著者紹介
- 1990年 無線通信機器メーカで設計開発.その後,計測器メーカでRF測定機器,半導体試験装置の設計開発
- 2017年 フリーランスエンジニアとして独立,無線通信機器やSDR機器の受託開発
- 2019年 株式会社ラジアンとして法人化,現在に至る
著書
- ソフトウェア制御フェーズドアレイ・ミリ波モジュール“mmCon3”誕生[Vol.1 分散型マルチビーム無線機のハードウェア],ZEPエンジニアリング.
- ソフトウェア制御フェーズドアレイ・ミリ波モジュール“mmCon3”誕生[Vol.2 1エレメント1モジュール独立分散型の理由],ZEPエンジニアリング.
- ソフトウェア制御フェーズドアレイ・ミリ波モジュール“mmCon3”誕生[Vol.3 ソフトウェアによるマルチビーム制御の実験],ZEPエンジニアリング.
- ソフトウェア制御フェーズドアレイ・ミリ波モジュール“mmCon3”誕生[Vol.4 非接触共振カプラによるアレイ・チャネル拡張],ZEPエンジニアリング.
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- 5G時代の先進ミリ波ディジタル無線実験室[Vol.6],ZEPエンジニアリング.
- ,ZEPエンジニアリング.
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- [KIT]ミリ波5G対応アップ・ダウン・コンバータ【mz-mmcon1】(生産終了,後継機 z-mmcon2),ZEPエンジニアリング.
- [KIT]実験用28GHzミリ波パッチ・アンテナ【mz-mmant1】,ZEPエンジニアリング.
- [KIT]実験用800M~6GHz 広帯域90°ハイブリッド【mz-qhybrid】,ZEPエンジニアリング.
- [KIT]実験用27.5G-29.5GHzバンド・パス・フィルタ【mz-mmbpf1】,ZEPエンジニアリング.
- [VOD/KIT]GPSクロック・ジッタ・クリーナ【z-pptgen-on1】,ZEPエンジニアリング.
参考文献
- [VOD]MATLAB/Simulink×FPGAで作るUSBスペクトラム・アナライザ,ZEPエンジニアリング.
- [VOD/KIT]3GHzネットアナ付き!RF回路シミュレーション&設計・測定入門,ZEPエンジニアリング.
- [VOD/KIT]3GHzネットアナ付き!初めてのIoT向け基板アンテナ設計,ZEPエンジニアリング.
- [VOD/KIT]初めてのソフトウェア無線&信号処理プログラミング 基礎編/応用編,ZEPエンジニアリング.
- [VOD]Pythonで学ぶ マクスウェル方程式 【電場編】+【磁場編】,ZEPエンジニアリング.